ゆきのぶろぐ

漫画を描くのが好きです。
Twitter…@YukinobuAzumax

幸せな王様の話。3

見事な結晶の噂は、

隣国にも、そのまた隣国にも伝わりました。

どこかの誰かが、

その結晶を欲しいと願いました。


新国王は見せびらかすように

身に付けていましたが、

ある日それを見たとある大国の王妃が

それを欲しがりました。


大国の国王は、小さな国の新国王に

それを譲ってもらうよう願い出ます。

するとその話を聞いた隣国の姫が、

自分の方がその結晶を持つのにふさわしい、と

新国王に名乗り出ました。


新国王は大国から出された条件で

その結晶を渡すのが惜しくなり、

のらりくらりと返事を遅れさせ、

条件を吊り上げていきました。


ある吹雪の晩、戦好きな国の将軍が

結晶の噂を聞きつけ訪ねて来ました。


「誰もが様々な条件を出して欲しがっている

その結晶を、俺様がこのたった一太刀で

奪ってやったら面白いと思わんかね?」


新国王は震え上がり、

ほんのわずかな条件で

その結晶を渡してしまいます。


大満足で帰って行く将軍を、

新国王は恨めしそうに見つめていました。

あっさりと恐喝に負けた新国王は、

大臣たちや国民たちから

白い目で見られるようになりました。


数年が経ち、遠くの戦で将軍が負け、

結晶を奪われたと噂が広がりました。

結晶は一体どこの誰が持っているのか、

次第に分からなくなっていきました。


その頃、

今までと違う政治に国民の不満が募り、

新国王は暴動の果てに

牢獄に監禁されていました。


兵士は昔を思い出しながら、

新国王にパンと水を運びます。


新国王は最初はブツブツ文句を言いながらも、

次第にそれしか食べられないので、

文句を言う気も失せていました。



「おいお前、私の話を聞け」


新国王は不平不満を兵士にぶつけます。

そして、この国の国民がいかに

愚かで幼いかを切々と語ります。


「私は不幸だ!」

「………」

兵士は黙ってそれを聞きます。


「…前の王は幸せだったのだろうか」

「さあ」

「国民に求められている時は、

とても幸せそうだった」

「そうですか?」

「しかし…国民に求められて過ぎて

不幸になった」

「そうでしょうか?」

「…お前、どう思う?」

「いち兵士である私がどう思うか、

新国王にはどうでも良い事ではないでしょうか?」

「………。寂しいんだ、相手をしてくれ」

「では、私の話も聞いてもらえますか?」

「ああ、もちろんだ」


二人は顔を合わせる度に、

様々な話をするようになりました。


今日のパンの焼き加減はとても良い、と

新国王が話すと、

今年の麦は更に豊かに実っているので、

パンは益々美味しくなりそうですよ、と

兵士が応えます。


雨が長く続く日は、

川の増水は大丈夫だろうか、と

不安がる新国王に、兵士は

建設屋が土嚢を充分に準備しているのを

知らせます。


凍て付く風が吹く夜には、

兵士が窓に板を打ち付け

暖かいミルクを運びます。

新国王は、

兵士の家族も凍えていないか気遣います。


日差しが暖かくなってきた頃、

新国王は解放される事になりました。


崩壊していた国の制度は、

国民自身の不平不満を

国民自身で満たす政治が出来上がっていました。


新国王は肩の荷が下りたようだと、

ホッとしていました。


ゾロゾロといた大臣たちも、

今は新国王を心配した数名だけ残っています。


新国王が兵士に語りかけます。

「私は幸せかもしれない」

「そうですね」

「前王も、幸せだったと信じたい」


「そうだね」


私もそう思います、と

兵士が返事を返す直前に、

頭上の枝に止まっていた小鳥が返しました。


驚いた二人を尻目に、

小鳥は大空へと羽ばたいてゆきました。



おしまい

幸せな王様の話。2

王様が過ごす牢獄に

パンと水を運ぶ兵士に、

王様は今日もお礼を言います。


「いつも暖かいパンときれいな水をありがとう」

「いいえ、王様。私は運んでいるだけですよ」

「それでは、

パンを焼いて水を汲んできてくれた人にも、

お礼を伝えておくれ」


兵士は戸惑いながらも、

伝えます、と約束しました。


兵士は城の調理場に食器を下げに行き、

料理長にパンと水のお礼を伝えます。

料理長は、

「俺は買ってきた小麦粉をパンにして、

城の井戸水を汲んだだけさ」

と答えました。


兵士と料理長は少し考えて、

それでは自分たちで

小麦粉を売ってくれた商人や、

井戸の手入れをしてくれている職人にも

お礼を伝えよう、と話しました。


兵士と料理長は、それぞれにお礼を伝えます。

商人は、

「それでは、私は麦を育てた農民にお礼を言おう」

職人は、

「それなら、ワシは昔

この井戸を掘ってくれた建設屋にお礼を言おう」

それぞれそんな答えを出しました。


兵士はその話を、翌日王様に伝えました。

王様は少し驚いた顔をしながら、

あなたの優しさがとても嬉しいと微笑みました。


兵士も、王様が喜んだのを嬉しく思いました。




時期国王が大臣たちの中から選ばれ、

王様の処刑の日が訪れます。


その日は晴天で、心地良い風が吹いていました。

目隠しをされ縄で縛られた王様が

処刑台に上がると、

国民たちは王様が処刑されるのを

この目で確かめないと気が済まない、と

言わんばかりに処刑台の周りに詰めかけます。


料理長と商人と職人は、

息を飲んでそれを見守るしかありませんでした。


王様の側に立つ兵士も、

グッと唇を噛み締めます。


王様は兵士の震える息遣いに気付き、

申し訳無さそうに呟きました。


「あなたの手を汚させてしまう事になり、

本当にすまない」


兵士は声を震わせながらも、

そっと王様に答えます。


「私の立場は、私が選んだ仕事です。

責任も私のものです」


それでも兵士が涙を堪えている声に、

王様はいたたまれない気持ちで

いっぱいになりました。


王様は、最後の力を振り絞り

空へ向かって叫びました。



「あの日の小鳥よ、聴こえるか?

もしこの声が届くのならば、

どうか私の最後の我が儘を

ひとつだけ聴いて欲しい。


願わくばそれがどこかに届き、

叶わん事を祈る。


私という存在が有る限り

喜びも悲しみも生み出してしまうのを

避けられぬのであれば、最後のこの

「処刑」という最後の喜びと悲しみだけは

私に独り占めさせておくれ。


誰にも奪わせないよう、

硬く硬く封じ込めた

喜びと悲しみの結晶にしておくれ!」



叫び終わったその瞬間、

王様の身体が弾けガラガラと

石になって砕け落ちました。


その中にこの世のものとは思えない、

とても見事な結晶がひとつ輝いていました。


国民や、新国王、大臣たち、料理長たちは、

何が起こったのか分からず、

呆然と静まり返っています。


側にいた兵士は驚きながらも、

震える手でその結晶を拾い上げました。


その見事な輝きは、

その場にいる全員を魅了しました。


静まり返った処刑場に声を轟かせたのは、

新国王でした。

「それは新国王である

私が持つ権利があるものだ!」


その声に、途端にざわめきが広がります。

新国王は国民が選んだのではなく、

大臣たちの中で一番優秀だとされる人間が

選ばれたので、

国民の不満の声は新たに噴き出しました。


兵士は新国王に従うしか無く、結晶を渡します。

新国王に従う兵士も、

また国民の不満の声の的とされました。




その結晶の噂は瞬く間に広がりました。

実際に見た者たちはウットリと

その出来事と結晶の話をし、

その話を聞いた者たちは

一体その結晶はどんなに素晴らしいのか、と

興味をそそられました。


兵士は、

最後に自分の手を汚させまいとした王様が、

目の前で硬い結晶になってしまったのが

未だに幻のように思えて仕方ありません。


処刑の日からガランと空いた牢獄を見つめ、

深くため息をつきました。

幸せな王様の話。1

様々な大きな国に囲まれた、

ひとつの小さな国がありました。

小さな国の王様は、

日々国民の言葉に耳を傾けていました。


飢餓が拡がった時期には、

大きな国の王国たちに頭を下げて

食料を分けてもらいに行きました。

隣国の戦に巻き込まれた時期には、

自衛団の先頭に立って闘いました。

季節外れの大嵐で

国民たちが住処を無くした時には、

城の一部を解放して避難させました。


王様は馬車馬の様に

必死で耳を傾け、必死で働きましたが、

毎日どこかで「王様!」と

声を挙げる国民が後を絶ちません。

自分を蔑ろにして働き続けた王様は、

ある年身体を壊し動けなくなってしまいました。


大臣たちは王様の枕元で、

時期国王は誰になるのかと

ヒソヒソ相談しています。


今まで王様がやって来た事を

続けたいと思う後継者はおらず、

そんな政治を自分が倒れるまで続けた責任を

王様にとらせよう、と誰かが言いました。


その頃、王様が倒れたというニュースは

国民には知らされていませんでした。

「王様!王様!」

と、助けを求める国民の声は

相変わらず止みません。


王様が姿を現さなくなってしばらくすると、

国民は苛立ち始めます。

王様は私たちの声に応えてくれなくなった。

そんな苛立ちが怒りに変わり、

怒りが憎しみに変わっていきました。


大臣たちが王様が倒れたのを

国民に知らせた頃には、

国民の怒りは爆発寸前でした。


国のほとんどの人間が、

王様に責任をとらせるべきだと考えます。

王様は公開処刑される事が決まりました。


処刑の日まで、王様は自国の牢獄で

過ごさなければなりません。

王様は何がいけなかったのか、

痛み続ける身体をさすりながら考えました。


小さな窓から星空が見え、

国民の生活音が遠くから響きます。

王様はガックリと肩を落とし、

さめざめと泣きました。


国民の幸せを願って頑張っていたつもりが、

それはただの自分のエゴだったのだなぁ、と。

その罪は私のもので、罰を受けるべきなのだと。


王様は王様である自分の立場も、

国民の幸せを願う自分の想いも、

それを嘆く自分の悲しみすら、

何もかも要らなくなりました。




ある雨の日、

牢獄の窓際に小鳥が雨宿りをしに来ました。


王様がそれに気付き、

自分のパンを少しちぎって

そっと窓際に置きました。


小鳥もそれに気付きますが、

口をつけようとはしません。


王様は言いました。

「これは施しではないよ。

どうか、私の言葉が分かるのなら聞いて欲しい。

聞いてもらうお礼を先に渡させておくれ」


言葉が通じたかのように、

小鳥は窓際のパンをゆっくりと

ついばみ始めました。


「私はこの国の王だった人間だ。

だが、それももうじき終わる。

果たして私の人生とは、

何だったのだろうか。

私のやってきた行いは、

何の意味があったのだろうか」


ポロポロと涙を流す王様に、

小鳥が話し掛けました。


「あなたは国民を愛していたかい?」


王様はギョッと顔を上げ、

少し黙った後に小鳥に答えます。


「とてもとても愛していたよ」


「皆の悲しみを無くしたかった。

恐怖を取り除きたかった。

怒りを鎮めたかった。

不安を拭い去りたかった。


…けれど、

その全てが自分のエゴなのだと気付いた。

今となってはもう全てが手遅れだ。

私はもう、何もかも要らなくなってしまった。

この、国民への愛すらも」


王様はひとつ深く息を吸って、

ゆっくりと吐き出します。

黙ったまま空に浮かぶ雨雲が風に流され、

ぼんやりと姿を変えてゆくのを

静かに眺めていました。


小鳥はパンを平らげると、王様に言いました。

「ちゃんと愛していたなら、大丈夫」


「そうかい?」

「そうさ」


小雨になり、

雲の隙間から晴れ間が見え始めると、

小鳥は

「パンをありがとう」

とお礼を言いました。

王様も

「話を聞いてくれてありがとう」

と答えました。


小鳥が空に飛び立ち、

王様はその姿が見えなくなるまで

見送っていました。